株式投資情報動画配信 日本インタビュ新聞社 - You Tube

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2006年07月06日

IMV (株) 小嶋成夫代表取締役会長兼社長

シャープ創業者・早川徳次氏の教えが貴重な財産

IMV(7760・ジャスダック)
【小嶋成夫代表取締役会長兼社長】
imv.jpg 昭和11年まれ、大阪府出身、神戸商科大学(現 兵庫県立大学)商経学部卒。公認会計士の資格を持ち、七四年に会社更生法を申請した国際機械振動研究所(旧社名)の更生管財人として再建に取り組む。85年に自力再建を果たし、経営の最高責任者として今日に至る。


 同社は振動による試験装置の世界的メーカー。年間売上57億円、経常利益7億円(ともに06年9月期予想)。

 小さい頃から、商売が身近な存在だったそうですが。「実家が、商店街で家具屋を営んでいましたので商売を見て大きくなりました。就職は、家から社屋が見えていた早川電気工業(現在のシャープ)に迷うことなく決めました」。出会いを大切にした自然流の生き方とお見受けした。

 この早川電気工業との出会いが、後(のち)の人生に大きく作用したそうですね。「最初は、営業の外回りの仕事でしたが、そのときに、仲間との付き合いを大切にしながら、就寝前に2、3時間勉強を続けて、公認会計士の資格を取得しました」。

 資格取得後は本社勤務となって、運命の出会いがあったということですが。「本社では、販売企画部の計画課長に20歳代の若さで抜擢され、同時に研修業務も兼務することになりました。研修には、技術開発では時代の最先端を行くパイオニア的な存在の早川徳次会長がお見えになり、訓示の前に、短い時間でしたが、直接、お話を聞く貴重な機会を度々得られたことが、わたしの貴重な財産となっています」。

 どのような、お話でしたか。「人に真似されるものを作りなさい、ということでした。アキレスと亀のように、ライバルに真似をされたら、さらに、それを超えるものをつくればよいと、熱っぽく説いていただいたことを強く覚えています。このほか、技術先行型の魂、優秀な人材の蓄積、資本の力、信用力の大切さなども教えていただき、こうした教えが私のDNAレベルでしみ込んでいるように思います」。

 早川会長は、技術だけでなく、商売にも鋭い見方をされていたようですね。「印象に残っていることに、大金持ちになりたいのなら、自分のイメージできない金額を考えてはダメだ。自分がイメージしている金額を、半分ずつにして考えなさいという教えがありました。大きな金額を目標数字として設定する場合、まず、その数字が身近な数字として感じることができるまで、半分ずつに落とし込んで行き、そのうえで、身近となった数字に対し5年で倍々としていって元の目標金額にするというやり方です。こうした、早川徳次会長との出会いが、わたしの幼少期からの思いであった"独立"を意識し始めるきっかけになったと思います」。

 そして、昭和44年に公認会計士事務所を起こして、念願の独立ですね。「昨日まで一課長に過ぎなかった私を、シャープの経営顧問に任命していただいた厚遇には今でもありがたいと感謝しています。独立早々、役に立ったのが、シャープで社内研修の講師をしていた経験です。経営コンサルタントとして、セミナーの講演でずいぶん役立ちました。セミナーの内容は勇気づけることを中心に、具体的な提案を心がけてきたことが評価されたと思います。そうこうしているうちに、大阪地裁から調査委員に任命されました」。

 それが、IMVの旧社名時代に会社更生法を申請した国際機械振動研究所の調査依頼だったわけですね。すごい、出会いですね。「当時、当社は石油ショックの痛手をもろに受け経営危機に見舞われていました。工場の前で、自動車産業の発展に貢献してきたこの会社を潰すことはできない、なんとか立ち直らせなくてはいけないという強い思いを持ちました。裁判所へ、やり方によってはなんとかなる、という報告書を提出し、裁判所から返ってきた内容が、"更生管財人の引き受け依頼"でした。当時、30歳代半ばでしたが、人生をかけて大役を引き受け、この会社を必ず更生させるのだ、と自分に誓いました」

 「しかし、実際は、厳しいことの連続で、融資ひとつとっても、銀行からやっとの思いで理解を得ても、次は個人保証の問題など想像していた以上でした。そんな時期に、会社とともに歩んでくれた社員の存在はかけがえのない財産でした。住宅ローンは組めない、賞与もないなかで、会社を信じ経営者を信じて、"自分の人生は会長に賭けます"といってついて来てくれた社員たちのおかげで今の会社があります。わたしの経営目標の一つは従業員をハッピーにすることです。仮に、不況となっても一律何割カットというリストラはやらないと10年以上も前から言い続けてきました。いつリストラされるか分からない気持ちで、びくびくおびえながら仕事をしなくてはいけないような環境はつくりたくなかったのです」。

出会いを大切にした、"Yes We can"経営で邁進

 念願の株式上場を05年7月に果たされましたね。次の目標はいかがですか。「もっと大きな舞台で活躍したいですね。新規事業をどんどん展開していきたいと思っています。会社発展のために、社員が全員でアイディアを出し合える活気ある空気を大事にしています。また、技術はお客様が磨いて下さいますので、クライアントからどのような厳しい注文が出されても、"Yes We Can"と言って、笑って帰って来いと社員に言っています。いろいろ新規事業のタネも育っています。これからを楽しみにして下さい。」

 日本にモノ作り回帰が鮮明となっていますので、御社の事業にはフォローの風が吹いているのではないですか。「その通りです。自動車業界ではガソリン車からハイブリット車などへ技術の転換期を迎え、振動に対する耐久性と密接に関連しています。世界の厳しい競争のなかで勝ち抜いてきた日本自動車産業とともに歩んできたわが社は、"Yes We Can"の精神でこれからも突き進んでいきます」。

 締めくくりに、お好きな言葉をぜひお願いします。「高杉晋作の、『面白き こともなき世を 面白く 棲みなすものは 心なりけり』が好きですね。とくに、やってみたいことは、社員から危ないからだめだといわれているバイクに挑戦です(笑い)」。社長室の飾り棚には所せましと並べられているカメラの数々、こちらの趣味も半端ではないようだ。


提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 16:28 | 人・思い
2006年02月23日

メディビック(2369・東マ)

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テーラーメイド創薬」で個人に適した薬を

 メディビック(2369・東マ)は22日、東京・日本橋茅場町の東京証券会館で、日本インタビュ新聞社主催の一般投資家向けIRセミナーを開いた。
 橋本康弘社長が「個人に適した副作用の少ない医療の実現に向けて」と題して、業界動向、同社の事業と業績などについて説明した。
 同社は「テーラーメイド創薬」事業として、遺伝子技術を活用した医薬品開発などを行なっている。現在の中心的な仕掛かり事業は、米社との共同で、すい臓がんを対象とした抗がん剤の開発である。
 橋本康弘社長は大阪大学医学部を卒業後、米ハーバード大学医学部に留学。さらに米ぺンシルバニア大学で7年間、助教授、准教授を務めた。その後、米欧各社のバイオ事業のエグゼクティブを歴任。2000年に北海道大学の客員教授に就任するとともに、メディビックを設立した。
 という、エリートな経歴の持ち主だ。
 しかし、セミナーでは、「お酒に強い人と弱い人がいるのは、遺伝子の違い」など、身近な例えから、遺伝子や医薬品開発についてわかりやすく説明。さらに、質疑応答に答えて、橋本社長自身、母親をすい臓がんで亡くしたと語った。
 遺伝子技術を活用した医薬品開発の意義について、橋本社長は次のように説明した。「薬を投与した時、その人の遺伝子タイプによって、効く人、効かない人、副作用が出る人がいます。投与前にそれがわかれば、その人に適した薬を早く処方できる。でないと、重篤な患者の場合、間に合わないのです」
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 16:16 | 人・思い
2006年01月25日

コムシード(3739・名セ)

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企業価値を上げて、株価を上げたい

 コムシード(3739・名セ)は1月25日、東京・日本橋の東洋経済新報社ホールで、日本インタビュ新聞社主催による、個人投資家向けのIRセミナーを開き、福島雄二社長が同社のビジネスモデルと事業戦略について説明した。
 同社の主事業は携帯電話のインターネットによるパチンコ、パチスロの情報配信サービス。さらにゲームや着メロ、パソコンのサイトによる情報提供、インターネットによる通販、求人情報サービスなども展開中だ。
 2006年3月期の業績予想は売上高9億5000万円、経常利益1500万円、当期利益800万円、1株あたり利益266円66銭としている。
 福島社長の言葉で印象に残ったのは、次の2つだ。
 「株価は会社が決めるのではなく、投資家が決めるものだ。昨秋から、短期間で、当社の株を含め、全体に上がってきている。キャピタルゲインを期待する思惑が動いて上がったのかなと思う。当社はまだ時価総額が小さく、少なくとも100億円を目指したい。が、それは企業価値を上げて、投資家の皆様に判断していただいてのことだ」
 「できるだけスピード感をもって事業を行なう必要はあるが、企業の成長にはある程度時間も必要だ。最近、(ライブドアなど)残念な事件が起きたが、企業も投資家も(収益を)急ぎすぎて、それが(市場などを)いびつな形にしているように見える。(事業展開も投資に対する利益も)速度を上げる必要はあるが、投資家の皆様には、できれば長く支援していただき、最終的にトクをしていただければと思う」
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 18:35 | 人・思い
2006年01月20日

サンコーテクノ(3435・JQ)

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培った信頼と、明るい展望

 サンコーテクノ(3435・JQ)は1月19日、東京・茅場町の東京証券会館ホールで、個人投資家向けのIRセミナーを開いた。約200人が来場し、洞下 実(ほらげ・みのる)社長が、経営姿勢や同社の強み、今後の展望を説明した。
 同社は金属系アンカーの国内最大手。アンカーは、コンクリートの建造物などに取り付ける金具で、木造建築でいうところのクギにあたる。
 同社の特徴は、研究開発から製造、物流、販売まで一貫体制で行なっていること。とくに研究開発事業の充実は強みだ。また、海外進出にも力を入れている。
 部材、工具のほかに、耐震補強工事などの施工事業も行なっている。とくに最近は耐震施工の需要が増えているという。この分野は大きな伸びが期待されている。
 経営姿勢の説明の中で、洞下社長は「会社は人の役に立つためにあると考えている」と語った。社員にはいつも「知恵を出し、汗を流していれば、利益はあとからついてくる。『儲ける』のではなく『儲かる』のだ」と言っているそうだ。
 経営理念のひとつ「奉仕は、真価の追求なり」、経営基本方針「人のお役に立つために創造提案型企業をめざす」は、それを体現している。
 質疑応答では、後継者についての質問も出た。洞下社長は「後継者候補は息子や社員を含めて5人いる。いま競ってもらっているところだ。誰にしようか迷うのは贅沢な悩み」と冗談まじりに答えた。
 洞下社長の地に足がついた姿勢は、マネーゲームに狂奔する経営者とは、一線を画している。
 着実なものづくりで培った信頼と、研究開発や海外展開を積極的に行なう姿勢、明るい将来展望。同社の株は、ライブドア・ショックで市場が乱高下したここ2〜3日にも、むしろ上がったくらいであった。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:38 | 人・思い
2004年11月29日

イオンファンタジー社長、中下善昭氏

人を大切に“ふれ合い経営”を展開
 出身は広島県呉市。中央大学経済学部卒業、55歳。「3兄弟のいちばん下で、上2人は外に出ていたし親にも苦労をかけたので卒業したら、田舎へ帰って親の傍にいようと思った。流通と証券なら地元にも店があるので入りたいと思っていたら、地元にジャスコができたので東京神田にあった事務所で入社試験を受けた」。合格はしたものの、しかし、配属されたのは地元ではなく、兵庫県川西を皮切りに新規出店ブームから三木、洲本、竜野、姫路など兵庫県を中心に新規オープンの店での勤務が多かった。よく働いたし、行く先々の店はそろって成績が上向き、仕事は楽しかったという。
 東京に転じてからは労働組合の政策部長や書記長も経験、これで、「仕事、とくに物事の手順について一気に霞がとれた思いで非常にいい経験をした。この思いから管理分野もやってみたいと希望して管理部長も経験させてもらった」。管理分野と営業分野の経験から、現場と人の大切さを実感、その後の経営に生かしている。新潟長岡店長時代は売り場を1.5倍に拡張、社員のヤル気も引き出し同じ業界のライバルと競い合って好成績を上げた。イオンシネマズの社長を2年間務め、今は、ファミリー向けの“室内ゆうえんち”を、イオン、平和堂、天満屋ストア、マーサ、東急ストア、コープ札幌など全国のショッピングセンター内でチエーン展開する当社の船長だ。もちろん、内外158社に達するイオングループの1社である。
 「旧ジャスコの中でアミューズメント事業を始めて10数年が経ったが、従来型のマニアや若者対象のゲームセンターとは異なる子供達とファミリーを対象としたショッピングセンター内の室内ゆうえんちという新しいアミューズメント施設を目指してきた。さらに、おもてなし、エンターテイメント要素を加え親子のふれあいをコンセプトとしたファミリーエンターテイメント・アミューズメントを提案していきたい。売上500億円(前期234億円)は見えてきたので、次は1000億円を狙いたい」と口を引き締める。子供さんは娘さん2人だが、「単身赴任時代は中学生だったので心配だったが、素直に育ってくれて妻に感謝している」。中学時代からテニスに打ち込み、高校の時にはインターハイにも出場した腕前。意志は強く、酒の本場の広島だけに嫌いではないが、「1週間に一度飲むていどで、晩酌は単身赴任の時に止めた」と微笑む。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 00:00 | 人・思い
2004年07月15日

マーベラスエンターテイメント社長・中山晴喜氏

「速さ」と「柔軟性」で独自展開
nakayama.jpg 父はセガの前身、セガ・エンタープライゼス社長の中山隼雄氏。どんなお父さんでしたか。「後楽園のジェットコースターと、トラ・トラ・トラという映画を観に連れて行ってくれたことくらいしか思い出にない。ただ、父の歩くことと食事の速さ、それに時間には決して遅れなかったことは子供の頃から自然に学んだ。私も食事は速いし時間厳守です」と微笑む。比較するわけではありませんが、経営者としてのお父さんは。「そうですね、決して物事を決めつけず、“こうなるかもしれない”と、常に柔らかく考えていました。このため、不測の事態が起きてもあわてず対応していた。私も、いったん決めた後、つまり、走り出してからでもいろいろな展開を考えているのはやはり父の影響でしょう」と、父の背中を見て学んだことは多い。
 7年前の97年に自らの手で当社を設立、わずか5年後にはジャスダックへ株式をスピード上場、持ち前の“速さ”が経営に発揮されている。「人、モノ、カネでは大手に勝てないが、スピード、決断力、とくにジャッジの速さが当社の武器。検討しておきますなどとは絶対に言わない」。振り返って点数をつけるとすれば。「70点ていど。マイナス30点には、社員の業務に対する気配りの欠如がある。どちらが安いか比較もしないで購入したり、あるいはミーテイング後のイスを元に直さない社員が一部いる。業界に対することもマイナスに含まれている。
 世界のアニメの60%が日本のものだが、業界は潤っていない。長くテレビ局ありきの下請けでやってきたからだ。著作権は本来、作品を作った人に帰するべきだが、実際はお金を出したところに属している。これではクリエーターにやる気がでない。独自路線を展開している当社がもっと貢献できるように頑張りたい」と意欲をみせる。「これまで、利益優先でやってきたが、前期に初めて売上が予想を下回った。これからは売上にも力を意識を入れていきたい」。趣味は多いが、なかでもギターとワインが好き。プロ野球は最初に観た試合が縁でロッテファン。39歳の若手経営者だ。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 00:00 | 人・思い
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