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2010年06月22日

昭和情報機器の中澤祐一社長に『経営の思い』を聞く

昭和情報機器の中澤祐一社長に『経営の思い』を聞く 昭和情報機器<6922>(JQ)は、大型漢字プリンタシステムの最大手。今後、プリンタシステムの提供だけでなく、汎用ソフトウエア、アプリケーション開発、日本語文字情報などの川上分野から、事後処理、製本システム、保守サービスなどの川下分野までを手がける「システムインテグレーター」としての位置づけを高めて行く。まもなく、あと2年で設立40周年を迎える。設立当時のメンバーのひとりだった中澤祐一氏が、今年3月末に同社3代目の社長に就任。信州は上田市の出身。天体を見るのが好きで天文学者になりたかったという中澤社長のモットーは、「個性を大切にすること」。経営への思いを聞いた。

■すべての社員に対し「個性を大切にするように」・・・との思い


――3月末に社長に就任されました。社員のみなさんにはどのようなことを、お話になりましたか。

 【中澤社長】  私は、縛られない発想と自主独立の考えを大切にしています。昭和情報機器には昭和48年発足の時からおりますので、日頃から、言っていることですが、今年4月の入社式でも、「個性を大切にするように」とお願いしました。これからの社会は、ますます、個性が求められる時代です。もちろん、会社という集団ですから協調性は大切です。自分の持っている個性に加え、社会人となってからこそ学ぶことが大切で、それによって個性に磨きをかけキラキラ輝く社員になってもらいたいと思っています。もちろん、新入社員だけでなく、すべての社員に対しても同じです。

――ご出身など、少し、ご経歴をお願いします。

 【中澤社長】  出身は長野県上田市です。2歳まで上田市にいました。その後は父の転勤で横浜、西宮(兵庫県)、名古屋などを経験しました。とくに、西宮には小学校6年生まで10年ほど住みました。中学・高校は名古屋で、大学は信州大学の工学部です。

――自主独立という、お話ですが、どのような少年時代でしたか。

 【中澤社長】  父が戦争から引き揚げてきて、遅くにでき、しかも、一人っ子でしたから、大切に育てられたと思います。その分、反射的に、どこかで、自主独立を求める気持が芽生えていたのだろうと思います。そのきっかけとなったのは、大学での寮生活だったと思います。寮生の大多数は他県からの学生で考え方も違います。しかも、先輩後輩の規律もあります。両親の元を離れて、今までと違う世界で人生が変わったと思いました。さらに、信州大学の学風が自主性の豊かだったことも、個性を大切にすることにつながったと思います。少年時代は天体を見るのが好きで、天文学者になりたいと思っていました。星座にちなんだギリシャ神話などや歴史は好きでした。

■業界において、大型の漢字プリンタシステムの専門会社は当社だけ

――経歴を拝見しますと、最初は高千穂交易に入社されたのですね。

 【中澤社長】  そうです。高千穂交易ではバロースコンピューターのSE(システム・エンジニアリング)をやっていました。漢字情報システムの開発も手がけました。その漢字プリンタを販売するためにできたのが昭和情報機器です。高千穂交易の札幌支店長だった寺田光弘氏(当社の前々社長)が、中心となって1973年(昭和48年)に約20名のメンバーで会社を設立、私も設立メンバーのひとりです。設立当時からしばらくは苦しい状況が続きました。富士通が日本語情報システムに力を入れたことから漢字プリンタの普及が進み、とくに、法律が変わってレセプト(診療報酬)がカタカナから漢字に義務化されたことで急速に伸びました。さらに、電話料金請求の明細書にも漢字プリンタが使われるようになって本格的な普及となりました。

――御社の強さはどういったところでしょうか。

 【中澤社長】  業界において、大型の漢字プリンタシステムの専門会社は当社だけです。しかも、全国の保守サービス網も持っていることが最大の強みです。当社の漢字プリンタシステムは、すべてのコンピューターとの接続が可能という強みもあります。特に今後は、このデジタル印刷ソリューションの技術革新も日進月歩で成長していくと思われますので、お客様の立場に立ち、お客様のニーズにお答え出来るように、プリンタシステムの提供だけでなく、川上側の汎用ソフトウェア、アプリケーション開発、日本語の文字情報の充実などから、さらに川下の事後処理、製本システム、あるいは保守サービスまでの提案を行なうシステムインテグレーターとしての位置づけを高めたいと思っています。

■システムインテグレーターとしての会社の位置付けを

――まもなく40周年ですね。

 【中澤社長】  あと2年で設立40年を迎えます。これまで35年間、一人のオーナーが引っ張ってきて、その後2年間、興銀出身の社長が財務体質の改善に取り組まれました。その後を受けて、今回、プロパー社長としてバトンタッチしました。40年を機に新しいイメージ作りをしたいと思っています。その形が申し上げたシステムインテグレーターとしての会社の位置付けだと思っています。そのなかで、当社の一番の課題は世代交代による活性化です。そのためにも、社員の皆さんに還元できるよう共に頑張りたいと思いますし、株主さんには、目標の年8円配を実施し継続できるよう頑張ります。

――今期の業績についてお願いします。

 【中澤社長】  10年12月期は売上139億3500万円(前期比2.5%減)、営業利益2億8400万円(同8.0%減)、配当は年8円(前期年4円)を予定しています。

――ありがとうございました。それでは、個人投資家の皆さんにビデオメッセージをお願いします。




提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 11:48 | IRインタビュー