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2010年02月19日

日本エム・ディ・エムの大川正男社長に『日本人向け骨接合材を目指し商社からメーカーへ一大変身』を聞く

■経営への取り組みを大川正男社長に聞く

日本エム・ディ・エムの大川正男社長に『日本人向け骨接合材を目指し商社からメーカーへ一大変身』を聞く 日本エム・ディ・エム<7600>(東1)は、『骨接合材』を扱う専業大手。人口の高齢化と共に骨折患者が急増する中にあって、日本人の骨格に適した骨接合材を自らの手で開発・製造・販売する。このため、目下、『輸入商社からメーカーへの一大変身』の体制作りに取り組んでいる。メーカーとなった暁には、営業利益率30%も見込める『高収益企業』となる見通し。公認会計士時代に同社の株式上場支援を行い、最短で東証1部上場まで果たした大川正男氏は09年8月の株主総会と総会後の取締役会で社長に選任され就任した。社長就任半年、経営への取り組みを大川正男社長に聞いた。

――昨年、社長にご就任されました。恐縮です。個人投資家の皆さんに、少し、自己紹介をお願いします。

 【大川社長】 昨年8月21日開催の株主総会と総会後の取締役会で代表取締役社長に選任され就任しました。1956年9月生まれで、出身は群馬県伊勢崎市です。横浜国立大学経営学部で保険論を専攻、卒業後、公認会計士を志望し合格、中央青山監査法人(当時)に入所し、2001年6月まで所属していました。
 2001年8月に日本エム・ディ・エムに入り、取締役管理本部長を1年強勤め、2002年10月にアメリカ・ユタ州にある子会社の経営に当ることになり、CEOとして経営再建に取り組んできました。
 同時に日本エム・ディ・エムの事業再構築にも取り組み、日本とアメリカの往復でした。昨年から社長に就任し経営に当っています。

――御社の社長様としては、何代目ですか。

 【大川社長】 私で、4代目です。

――日本エム・ディ・エムとの最初の出会いは、どのようなものだったのでしょう。

 【大川社長】 監査法人時代に日本エム・ディ・エムの株式公開のための支援を担当したときです。1995年頃です。

――98年に店頭(現在のジャスダック)公開され、2000年に東証2部、2001年5月に東証1部上場とたいへん速いスピードですね。

 【大川社長】 そうですね、最短でやれたと思います。

――やはり、公認会計士としての緻密な計画と実行の成果なのでしょうか。

 【大川社長】 公認会計士として、「会社を分析する目」ということではプラスだったと思います。ただ、当社の主力事業である、骨接骨材を手がけている上場企業は他にないため、比較研究することのできなかった難しさはありました。このため、開発、製造工程、品質保証、薬事法に関わる承認など、実際の生きた医療機器ビジネスの組み立てということは会社に入ってから学びました。

経営への取り組みを大川正男社長に聞く

――アメリカの子会社の成績はいかがでしたか。

 【大川社長】 わたしが引き受けた時は、年間で3億円程度の赤字でした。当時、日産自動車のゴーン氏が注目されていた時で、ゴーン氏の手法も大いに参考として、中期計画を作って実行しました。比較的、短期間に年3億円程度の黒字化を果たすことができ、現在でも比較的順調に推移しています。

――御社の業績の推移を拝見しますと、上場の頃までは、業績の伸びは好調です。2003年5月期には営業利益で40億円強と優秀な成績です。しかし、ここをピークに業績は下降に転じ、2007年5月期には10億円強の営業赤字です。この理由はどのようなところにありますか。

 【大川社長】 当社は30年前からアメリカのジョンソン&ジョンソン製の骨接合材料の輸入販売を主力に手がけてきました。長年の地道な販売努力により、ユーザーである医療関係者の信頼を獲得し、売上を伸ばすことができました。しかし、製造元の様々な事情により、新製品の開発が遅延し、製品力が徐々に劣るようになりました。しかも、一部の製品にリコールも出たことが引き金となって、売上は2002、03年頃をピークに04年頃から急速に下がり始めました。しかし、製品の性格上、かなりの量の在庫が必要で、売上は減少するが、在庫は減らないという状況が収益圧迫要因となりました。そして、その事実を起因として在庫の回転期間が長期化し、一時的に多額の在庫評価損を売上原価に計上しました。

――なぜ、多くの在庫が必要なのですか。

 【大川社長】 当社は全国約3500の医療機関と取引があります。これらの医療機関に、「全国どこにでも2時間以内に届ける」ことを掲げてきました。しかも、患者様の骨折が同じパターンということはまったくありません。このため、骨折の状態に合わせて手術中に適応サイズ(大きさ、長さなど)を決定するため、多くの在庫が必要となります。

――お話をお伺いしますと、収益改善は(1)製品力をどうするか、(2)在庫問題をどうするか、ということが中心となるのでは、と思われますが。

 【大川社長】 そうです。とくに、製品力アップが、一番に取り組む目標です。このため、ジョンソン&ジョンソン製品の取り扱いを2012年6月で終了します。今後は、自分たちで開発し製造し販売します。つまり、『商社からメーカーへ』、一大変身をはかります。

――開発はどのようなことがポイントとなりますか。

 【大川社長】 日本人の骨格に合わせた、日本人患者様向けの骨接合材の開発を行なうということです。欧米の方と日本の方とでは、たとえば骨折の多い手首や足関節では骨の大きさ、湾曲、関節面などにおいて、大きく異なります。現状、市場においては欧米人仕様にて開発された骨接合材が多く、必ずしもドクター・患者様は満足していらっしゃいません。また、膝の人工関節でも日本人は欧米人と比較し、扁平形状であるという違いがあります。そのようなニーズから、日本人の医療現場からは日本人のサイズ・形状の差に合わせた接合材が求められています。当社は全国約3500の医療機関、1万人以上の整形外科ドクターとの長年の取引により医療現場の生の声を吸い上げることができる強さがあります。こうした点に、自社で開発し生産するメリットがあります。

――在庫については、いかがですか。

 【大川社長】 製品の特殊性から在庫はある程度必要です。ただ、これまでの16の物流基地から東京、大阪、札幌、福岡の4つの物流センターに集約しました。20年前と比べて全国の物流環境も大変良くなり、4つの物流センターでほぼ対応できるようになりました。輸入商社からメーカーとなることで、仕入れ先の相手の都合に合わせた仕入ではなく、計画的な生産が可能となり、在庫も適正となります。なお、今5月期の第1四半期で在庫評価損約30億円を前倒しで計上し、財務内容の改善にも努めています。
――メーカーということですと、販売力が重要になってくると思います。国内は強いとお見受けしましたが、海外はいかがですか。

 【大川社長】 すでに、2008年に伊藤忠と資本提携して、当社発行済株数の30%を持ってもらっています。海外での販売強化に備えています。北米のほかに南米、アジアでの販売に力を入れて行きます。

――『商社からメーカーへ』が実現した時の業績の姿はどのようなものとなりますか。

 【大川社長】 ひとことで申し上げれば『高収益企業へ戻る』ことです。メーカーとなることで、自社製品の比率が現在の今期予想33%程度から、2012年5月期で40%、2013年5月期には一気に比率がアップします。医療費抑制の厳しい環境の中でも自社製品によって収益性を上げていくことが可能です。2012年5月期で売上高123億5000万円(09年5月期103億9400万円)、営業利益12億9000万円(同3億5100万円)を計画しています。

――2012年5月期の営業利益率は10.4%の予想です。「高収益企業に戻る」というお話ですが、以前はどの程度でしたか。

 【大川社長】 かつて、他社製品の取り扱いが中心の時でも営業利益率は30%程度ありました。いつ、ということは申し上げられませんが、メーカーとなる以上は、当然、かつての利益率は目標にしたいと思っています。

――締めくくりに、個人投資家の皆さんにメッセージをお願いします。

 【大川社長】 会社は変わろうとしています。他社製品の仕入れ販売から、自社で開発し作って、まず、患者様、直接ご使用いただくドクター・看護士の皆様に最高品質の製品をお届けし、そして日本のみならず世界に販売していこうとしています。目下、その布石に力を入れています。現在は、高収益企業になる転換点に立っているという認識です。この点をご理解頂きご支援をお願いします。

――ありがとうございました。


提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 10:07 | IRインタビュー